「ありがとう、瑞穂。」セレモニーの模様

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12月12日(土)、パロマ瑞穂スタジアムでのラストマッチとなった明治安田生命J1リーグ第32節の横浜FC戦後、「ありがとう、瑞穂。」セレモニーを開催しました。

セレモニーでは河村たかし名古屋市長による挨拶や、山口素弘さん、岡山哲也さん、中村直志さんによるOBトークショー、特別ムービーの放映などを行いました。

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【河村たかし市長】
はい、それでは28年間、サンキューベリーマッチ、アイラブユーということでね。試合が終わりましてもこれだけようけ残っていただきまして、本当のサンキューベリーマッチでございます。この瑞穂に来るとうれしく思うことがありまして、今日はシーンとなっていますけど、「名古屋、名古屋」と歌ってくれることです。あれはうれしいね。サッカーファン、グランパスファンの皆さんにはサンキューベリーマッチ、アイラブユーです。忘れられない思い出は、一昨年の最終戦だったかな。また2部に落ちる瀬戸際の時です。勝てなくて、「まあいかんな」と帰ろうと思ったんです。そうしたら後ろのスタンドほうで「わー」と歓声が上がって、なんだなんだと。皆さんが見ているツイッターのほうが早いんですね。ジュビロが負けたとわかって、残れましたと。あれはグレートチャンスです。ありがたかった。すれすれを泳いできたグランパスですので、本当に感動的でした。瑞穂には28年お世話になりましたけど、建て替え工事で6年間休場します。これには550億円が掛かります。皆さんのお金から550億円を使いまして、どえらい立派なものができると思います。またこのグランパス、名古屋を応援してちょー。 サンキューベリーマッチ、グッドラックグランパス、バイバイ!

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【YO!YO!YOSUKE (以下YOSUKE)】
河村市長でした。大きな拍手をお送りください。続きまして、名古屋グランパスのレジェンドによる「瑞穂トークショー」を行います。選手目線で語るベストマッチ、ベストゴール、そしてこの美しいスタジアムについて思い返す時間にしばしお付き合いください。ゲストはMF山口素弘さん、MF岡山哲也さん、MF中村直志さんです。瑞穂らしい、横殴りの風が吹いていますね。

【山口素弘(以下山口)】
そうですね。冷えますね。

【YOSUKE】
早速いろいろな話を聞いていければと思います。皆さんのベストゲームをうかがいたいと思います。まずは岡山さん。

【岡山哲也(以下岡山)】
チームとしてのベストゲームはピクシーのファイナルゲームですね。僕は試合に出ることなく最後までアップをしていたのですが、最後の最後にピクシーがゴールを決めて。これまでの貢献やすばらしいプレーが凝縮されたような締めくくりになりました。この瑞穂とサポーターの盛り上がり方がとても美しかったのを覚えています。きれいでした。一つだけ言うならば、僕が試合に出ているともっと良かったですね(笑)。

【YOSUKE】
何度もストイコビッチさんからパスを受け、ゴールを決めましたもんね。

【岡山】
そうですね。自分のベストゴールもそうです。この瑞穂で、3-2で勝った1998年の鹿島アントラーズ戦です。2点を決めることができたのですが、1点はピクシーからのパスでした。本田(泰人)選手の股を抜いたパスに、僕がスライディングしながら合わせて決めました。グランパスサポーターのいる側のゴールでしたね。鹿島は強い相手でしたが、自分が2点を決めて勝つことができ、かつ内容も良かったです。自分の中ではこの試合がベストゲームです。

【YOSUKE】
開幕当時から瑞穂に通われている方はどれほどいるんですかね。(会場から結構な数の拍手)。いますね。30年間近く通っているんですね。

【岡山】
ありがたいことですね。ということは僕のシュートにがっかりしたり、僕のシュートで盛り上がったり、いろいろと経験された方々ですね。(会場拍手)

【YOSUKE】
素さんはいかがでしょうか。

【山口】
ベストゲームは正直、あまりなくて。ただ、僕は横浜フリューゲルスから移籍してきたので、違うユニフォームを着た初めての試合は思い出に残っています。あとはピクシーも。このクラブにとって大きな存在ですから。ベストは......天皇杯で鹿島に逆転勝利した試合でしょうか。ピクシーが交代してから逆転できました。そこで乗って、優勝できたというのもあると思います。また、このピッチもすばらしかったです。今日もすごくいい状態ですよね。これまで悪い状態だったという印象がありません。年によっては、気温のせいで悪い状態のスタジアムもありましたけど、瑞穂だけはいつでも良かったという印象があります。対戦相手として、瑞穂に来た時からその印象を持っていました。ただ、対戦相手として来た時は控室が狭くて(笑)。アウェイの洗礼を受けましたね。グランパスに移籍してホームのロッカールームを見たら、これがめちゃくちゃ広いんです。移籍してきて良かったと思いました(笑)。

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【YOSUKE】
直志さんはいかがでしょうか。

【中村直志(以下中村)】
僕はJ1で優勝した2010年のガンバ大阪戦が一番印象に残っています。ここまでは首位じゃなかったのですが、この試合で勝ってからトップに立って、そのまま優勝までいきました。とても重要な試合で、とても気合いが入っていましたし、サポーターのすばらしい応援もあって勝つことができました。そこで自分も点を取れたので、とても印象深い試合です。

【YOSUKE】
直志さんと瑞穂と言えば、ロングシュートというイメージがあります。

【中村】
どうなんですかね。その時は今座っているところの近くからシュートを打ちました。このピッチに入って、思い出しました。

【YOSUKE】
ピッチに入るのは久しぶりですか?

【中村】
何度か取材でありましたけど、こうやってお客さんがいる時に入るのは久しぶりです。

【YOSUKE】
ありがとうございます。次はベストプレーヤーを教えてください。

【中村】
僕はピクシーとプレーできたのは半年だけでした。とてもすばらしい選手でしたけど、僕が印象に残っているのはウェズレイ。皆さんもわかりますよね? 当時は中盤の前目でプレーしていて、彼にパスを出せばシュートを決めてくれるような、頼もしい存在でした。彼のシュートを練習で何度も見て、真似をしたおかげうまくなったと思います。

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【山口】
ピクシーは外せないですよね。あとは楢﨑(正剛)も入れておきましょう。彼と一緒に横浜フリューゲルスから移籍してきて、どうやったらグランパスのサポーターに認めてもらえるかとよく話していたんです。「そのためには優勝しかないよな」と話していましたが、僕は優勝できずに去ることになりましたが、彼はそのままずっといました。彼がJリーグで優勝して、シャーレを掲げた時は僕もすごくうれしかったです。

【YOSUKE】
そんなチームメイトとまた同じクラブで再会することを想像できましたか?

【山口】
全然できなかったです。

【YOSUKE】
楢﨑正剛さんはJ1通算600試合出場を達成されました。

【山口】
このクラブのレジェンドですよね。ここにいる岡山さん、中村さんもこのクラブのレジェンドなので、皆さん大事にしてあげてください(笑)。直志のロングシュートに関する話が先ほど出ましたけど、僕は彼の初ゴールを見ました。その時もG大阪戦だよね?

【中村】
そうですね。

【山口】
中央をドリブルでぶっちぎって決めたゴールです。同じチームにいながらびっくりしましたね。

【中村】
その得点は印象深いですけど、まだまだいいプレーを見せられていなくて。その頃は「モトさんやオカさんのようなプレーヤーになりたい」と思っていましたから、今こうやって話す機会があることを不思議に思います。

【YOSUKE】
当時は25番を背負っていましたね。

【中村】
そうですね。1年間だけ25番を着けていました。

【YOSUKE】
その後は「7番は中村直志」というふうに定着しました。

【山口】
7番は中村直志、21番は岡山哲也と。

【YOSUKE】
岡山さんは背番号が固定性となる前から21番でしたか?

【岡山】
いえ、1995年の天皇杯を優勝してからですね。これから21世紀が始まるということで。自分の時代にしたいなと思いました。そうはなりませんでしたけど(笑)。

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【YOSUKE】
岡山さんにとってのベストプレーヤーは?

【岡山】
ウェズレイが出て、ピクシーが出て、ナラも出ちゃいましたもんね......。攻撃的な選手ではなく、トーレスの名を挙げたいです。

【YOSUKE】
最終ラインを支えた助っ人ですね。

【岡山】
ずば抜けたDFで、マルチな能力を持っていました。彼は1人で守備ができましたから、どれだけ前線の選手が助けられたか。当時、あまりフォーカスされることはなかったですけど、グランパスの土台を作ったのはトーレスだったと思っています。

【YOSUKE】
近代的なDFでしたよね。

【岡山】
そうですね。

【YOSUKE】
岡山さんにとって"瑞穂"とは?

【岡山】
デーゲームの時は空の青色、ピッチの緑、皆さんが着る赤のユニフォームで染まったスタンド。すごくインパクトのある色合いでした。僕にとってはパワースポットでした。ここに来ると勇気づけられたり、自信を持てたり、幸せな気分になれたり。瑞穂はそういう場所でした。

【YOSUKE】
山口さんはいかがですか?

【山口】
僕がプレーしていたのは苦しい時期でしたけど、その期間があったからこそ成長できたと思います。38歳までプレーできたのも、瑞穂で過ごした4年間があったからだと思っています。岡山さんが言ったように、この時期は夕焼けに染まって、ピッチの緑が映えるんです。瑞穂らしいなと思いますね。冷たい風が吹くのもね(笑)。

【YOSUKE】
中村さんはいかがですか?

【中村】
いいプレーができないところから満足いくプレーができるまでプレーできたこと。すごく成長させてくれた場所、自信を持たせてくれた場所です。謝の気持しかないです。

【YOSUKE】
まさしく"聖地瑞穂"だなという感じですね。最後に山口さん、一言お願いします。

【山口】
僕や岡山さん、直志さんが瑞穂の思い出を話しましたけど、今日来られているファミリーの皆さんの思い出も詰まった瑞穂だと思います。瑞穂の風景とはしばらくお別れすることになります。6年後にどのような風景になっているのかを今から楽しみにして待てればいいかなと思います。クラブとしては新しい瑞穂にふさわしいようなクラブに成長しなくてはならないと思っています。ここにいる岡山さん、直志さんにはアカデミーで子どもたちを指導してもらっていますけど、そこで育った選手が新しい瑞穂で躍動するのを楽しみにしたいと思います。皆さんもぜひ楽しみにしてください。また、横浜FCのサポーターの皆さんも新しい瑞穂を楽しみにしていただければと思います。また瑞穂で会いましょう。

【YOSUKE】
続いてはパロマ瑞穂スタジアムに縁のある方から届いているメッセージを紹介します。

       
       
             
     

ストイコビッチさんメッセージ

「皆さん、こんにちは。ピクシーです。12月12日の瑞穂ラストゲームに行く計画を立てておりましたが、Covid-19感染拡大による渡航制限が厳しく残念ながら実現することができません。皆さんにお会いすることができなくて、とても悲しいです。
日本・名古屋・瑞穂スタジアム、そしてファンの皆さんのことを懐かしく感じていて、皆さんに会いたいです。パリより私の心からの愛を送ります。また、すぐ皆さんに会えることを願っています。その日までネバーギブアップ!頑張ってください。

【YOSUKE】
ピクシーことストイコビッチさんから、「Never Give Up」という熱いメッセージをいただきました。新型コロナウイルスの影響により来日することは叶わなかったですが、熱い想いを届けさせてもらいました。

【YOSUKE】
それでは最後に、株式会社名古屋グランパスエイト代表取締役社長、小西工己よりご挨拶をさせていただきます。

【小西】
グランパスファミリーの皆さま、横浜FCの皆さま、"聖地"パロマ瑞穂スタジアムの最終戦にお越しいただきまして誠にありがとうございました。本日は0−0で勝ち点1を分け合う結果となりました。選手たちは一生懸命闘ってくれました。この勝ち点1が、最終戦が終わったあとの順位に影響し、グランパスの未来につながると信じてやみません。今シーズン、パロマ瑞穂スタジアムでは5勝3分、無傷で駆け抜けてくれました。名古屋グランパスの歴史と共に歩んできたパロマ瑞穂スタジアムは、皆さんご存知のとおり、建て替え工事を行います。約6年間、しばしのお別れとなります。思い起こせば、私が代表取締役社長に就任して最初のホームゲームは、ここ瑞穂でのファジアーノ岡山戦でした。まだとても寒い季節でしたが、スタジアムに足を踏み入れた時、「本当にきれいな芝生だな」と感動したことを覚えています。スコアは2−0で試合に勝ちました。そして先ほどからOBの皆さんがいろいろな話をされていましたけれど、私は2017年に社長となりまして、2017年のJ1昇格プレーオフジェフ千葉戦、4−2で勝利を得ることができたのですが、前半終了間際にラリベイ選手のヒールに当たったボールが入って、0−1で試合を折り返しました。最終的には瑞穂に神が降りてきて、4−2で勝利。非常に印象深く思っております。また、2018シーズン最終節の湘南戦。2−2で引き分け、ほんの数分経過して、河村市長さまからお話がありましたように、15位でなんとか残ることができました。非常に思い出深く感じております。もちろん、私が社長として経験した試合だけではなく、29年間の瑞穂とグランパスの歴史の中では数多くの名シーンが生まれました。ストイコビッチさんのラストマッチ、ACL準々決勝での川崎Fさんとの激闘、楢崎正剛さんの600試合出場を祝うコレオグラフィー、グランパスファミリーの皆さんの一人ひとりにとっても忘れられない試合、そして瑞穂の思い出があると思います。

そんな皆さまが愛してやまないここ瑞穂には、グランパスファミリーの一員として長く、共に闘い抜いてきた大きな存在がいます。この美しい芝生。試合のあととは思えないような本当に素晴らしい芝生です。この芝生を管理し、選手たちが全力でプレーできる環境を作り続けてくださったパロマ瑞穂スタジアムの管理事務所の皆さま。急なお願いではございますが、パロマ瑞穂スタジアムの管理事務所の皆さまをお呼びしたいと思います。皆さま、大きな拍手でお迎えください。この皆さまがグランパスを躍動させ、皆さま方に夢を分けてくれました。本当に感謝しています。ありがとうございます。クラブから感謝の気持ちを込めまして、花束を送らせていただきたいと思います。改めまして29年間、この素晴らしい闘いの場をありがとうございました。私が初めてこのスタジアムに訪れた時の、この美しい風景を決して忘れることはございません。スタンドのファミリーの皆さま、改めて盛大な拍手をお願いいたします。

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スタジアムというものは選手、そしてファミリーの皆さまが一体となって同じ時を過ごし、さまざまな感情を共有する特別な空間です。皆さまからの力強く、そして温かい声援がどんな時もクラブを後押ししてくださいました。このスタジアムはクラブの歴史を語る上で欠かせない存在です。そんなパロマ瑞穂スタジアムでしばらく試合ができないのは、私自身もとても寂しい気持ちです。しかし、お別れではありません。この瑞穂が新しく生まれ変わるための休憩時間だと思ってください。これまで長く使われてきたこのスタジアムに少し休暇をプレゼントいたしましょう。そして、よりすばらしいスタジアムになって、私たちの前に再び現れてくれる日を心待ちにしましょう。今まで「ありがとう、瑞穂。」。そして「また必ず戻ってくる。」その思いをここでお伝えしたいと思います。

ファミリーの皆さまもそれぞれの思いをぜひこの瑞穂に伝えていただければと思います。皆さまにとってここパロマ瑞穂スタジアムはどんな場所でしたか。6年後、生まれ変わったこのスタジアムでクラブ、ファミリーの皆さま方と共に、また新しい歴史を作っていきましょう。私たちと一緒に闘い続けてくれた29年間の感謝の気持ちを込めて、「パロマ瑞穂スタジアム、ありがとう」。私からのご挨拶とさせていただきます。「ありがとう、瑞穂。」

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【YOSUKE】
本当に数えきれないほどのたくさんの思い出が詰まったこのスタジアム。6年もの期間、お別れとなります。再開の日をファミリーの皆さまと共に迎えられることを楽しみに、このセレモニーを終了とさせていただきたいと思います。